TZ1# beginnig

 アメリカ東部、合衆国誕生の地であり最初の首都フィラデルフィアが置かれた、ニュージャージー州。
 大学の名で知られる街プリンストン、南のはずれ。
 乾いた風が吹き上がるFBI(アメリカ連邦捜査局)専用小型飛行場に、翼を広げた鳥に似たスリムなシルエットの赤いジェット輸送機が、ゆっくりと着陸体勢に入ろうとしていた。日本ICPO(国際刑事警察機構)のエアロトレッカーは、後部にトレーラーベースをドッキングさせたひどく鈍重な格好ではあるが、機翼は少しもブレることなくスマートに長い滑走路へと、ギアをダウンさせて進入してくる。パイロットの腕が熟練したものであることをうかがわせていた。
 着陸した機体が完全に停止するのを見計らってから、待ち構えていた数台の作業用トラックが次々と接近していく。間もなく乗員ハッチが開き、そこから黒いハイネックシャツに袖のないジャケット姿の、まだ子供らしいあどけなさの残る日本人少年が顔をのぞかせる。鳶色の大きな瞳と、赤ん坊のように青く澄んだ白目が印象的だった。
 金田正人(かねだまさと)。
 十七歳という若年ながら、警察の国際協力常設機関であるICPO日本支局構成員の一人であり、海外への出向員として幅広く活躍している彼は、国際捜査権を持つ特別捜査官。この若さにして、リヨン本部所属の特別捜査官という肩書きを与えられたことには、任されている仕事内容に理由があった。彼の職種は、ICPO管轄下20ナンバーのTZパイロット。
 TZとは──。
 第二次世界大戦中、大日本帝国陸軍が考案した戦車に代わる陸戦兵器〈鉄人歩兵〉を基として各国で研究開発を進められた、両手に武器を持ち格闘戦すらもこなす、遠隔操作によってコントロールされる巨大汎用人型兵器のことである。機種にもよるが、全長は平均して17メートルほど。鉄人歩兵を平和利用に転用できないか──という発想から、12カ国協議による国際TZプロジェクトが始動されたのは、20世紀後半の出来事だった。
 TZ製造分野においては、日本の精密電子機器及び重工メーカー榊エレクトロニクスが、いち早く他社の追随を許さないハイレベルな技術陣を編成した。以来同社より、旧鉄人歩兵の発展型であるTZU型(現汎用型)が次々に生み出されたのである。
 やがて危険作業を代行する機械として一躍注目を浴びたTZの量産(11号まで)が可能になったことは、それに伴う弊害を頻発させ国際的論議ともなった。対処策として、TZのノウハウを軍事目的に利用されることを防ぐために、国連は国際ロボット法案を打ち立て、専用事務局が開設された。この事務局を通し登録を済ませない限り、TZを製造したところで認可が下りることはないという加盟国共通の条約が取り交わされたのだ。TZはあらゆる面において人間を超越した機械人形ゆえ、無闇に台数を増やしていっても、それに比例して厄介な問題も増加していくことなど容易に推し量れる。そのために各年度毎の生産台数の規定は、厳しく定められていた。
 TZに該当するロボット法とは、以下の通りである。
 ・登録、及びナンバリングの義務。
 ・軍事目的による使用の全面禁止。
 ・パイロット搭乗型機種のライセンス導入、など。
 このTZ法案に沿って製造を許可されているのは、業界広しといえど日本の榊エレクトロニクスのみ。同社の金田陽子(かねだようこ)博士を主任研究員として設計されたTZU型の基本仕様は、TZT型(旧〈鉄人歩兵〉)を遥かに凌駕した性能を有しており、またTZT型の最大の弱点である移動と展開力をも満たしていた。生産単価がTZT型と比較すると約20倍になると推定されていたにもかかわらず(ただし貨幣価値の大きな変動があるため、単純計算では計れない)、時代はTZU型を広く受け入れた。とりわけ建築現場には欠かせない存在となっている。
 それも時代が移り変わるにつれて、TZは作業用機動機械という枠に留まらず、用途を暴動・反乱鎮圧用と、救助・防災用とに二分化されて用いられてきた。ICPOが専門セクションを設置した理由も、近年増加する人身では対処しきれないハイテク犯罪に対し、前者の目的でTZを登用することに目を付けた点にあった。
 12番目に製造されたTZ以降、TZT型を参考に開発した基本起動データチップを使用していることから、11号までのような量産型ではなく単型設計へ移り、ICPO加盟各国へ一機ずつ配属されている。このデータチップは、遺跡ともいえるTZT型データから分析した、TZの動力をはじめ全ての基本・応用・複合・発展を集積したプログラムを収めているものであり、これによってテレオペレーションによる高い機動性を得ているといっても過言ではないのだが、単価のコストが莫大なものになるため、三〇個だけの限定生産という形をとった。
 ICPO日本支局には、製造モデルナンバー28番目にあたる"FX"が配置されている。FXはTZU型の最新モデルであり、接近戦にて高いポテンシャルを十分に発揮する格闘戦闘力に秀でた機体である。その剛機の専用コントローラー──グリッドランサーを握っているのが金田正人。彼は現存する唯一のTZT型28号機の開発者の息子にして、パイロットでもある父・正太郎より、幼少の頃からTZ操縦のテクニックを習得した、生まれながらにTZに触れつつ成長してきた少年なのである。

「正人、おつかれー!」
 トレッカーから降りてくる彼を出迎えたのは、FBIに所属するICPOの同僚マイケル・ジャスティス。彼も正人同様TZパイロットであり、アメリカICPO所有のTZU──18アイアン・イーグルを担当している。金髪碧眼で鼻梁が高く、顎はちょっと張り気味──手っとり早く形容すれば、一般的な日本人観によるアメリカの国民的外見特徴をそのまま絵に描いたような非常に分かりやすい顔立ちだ。
 共にこの仕事に携わった五年前からの友人で、顔を合わせるなり殴りかかる真似ごとをしてじゃれ合っていた。こんなところはまだ子供。しばらくは何年経っても変わらないことだろう。
「あれれ? トレッカーの荷物の中身は何だい? 今回はFXはいらないって言ったろ」
「そうじゃないよ。あれは、おまえのアイアン・イーグル用の腕パーツ。新しいのに取り替えるんだって? アメリカ行くなら、ついでだから持って行ってくれって技研の人に頼まれちゃったんだ。すンげェ重かったんだぜ」
 感謝しろよ、と偉そうな一言を追加する。
「ヒュー嬉しいなあー! この間ちょっとハードな事件があってさ、ドンパチやっててふと気が付いたら、いきなりショットガンが撃てなくなってるわけよ。そんであれェ?っと思ってよく見てみたら、なあーんてこったい。腕がふっとばされちゃってるじゃないか。アレにはさすがにビックリした。しょーがないから、急遽こっちの榊エレクトロニクス工場で腕を造ってもらったんだけど、どうも合わなくってずっと困ってたんだ。やっぱり正人ママが造ってくれたやつでなきゃダメなんだな。いゃーあ、感謝感謝! ご苦労さんでした」 
 正人の尊大な態度など気に留めることもなく、マイケルの笑顔がますます上機嫌になる。
「それより正人と会うのって、ものすごく久しぶりじゃないか? まァ、ぼくたちが顔を合わせる機会が少ないのは、それだけ世界が平和ってことで、大変望ましいことだけど……」
「けど?」
 言い淀んだマイケルの顔を、不審に思った正人のクリクリした大きな目がのぞき込む。彼の表情の中で何かがくすぶっているのは確かだった──が、ついにマイケルは堪えきれなくなったのか、突然盛大に噴き出した。
「ぷあーっはっはっはっは! もーっ、相変わらず背が伸びないなあ。何を食べてるんだか、育たないよなあ。ぷぷーっ! もう十七だってえのに、ちっちゃいぞー、おまえ」
「こ……こンのーっ! 人が気にしてることを遠慮もなくズケズケと、そこまで言うか──!」
 迂闊にも茫然としてしまった次の瞬間、顔を真っ赤にして猛烈に怒り出した正人は、腹部を抱えて苦しそうに笑い転げるマイケルを容赦なくタコ殴りにした。
 誰も知るまい──。
 正人の身長に対するコンプレックスゆえの、毎日ハーフリットルの牛乳パックを飲み干すという、健気にしてマメな日課を。
正人の身長は、現在167センチ。日本人の平均値からすれば、決して低いと悲観するほどのものではない。中には彼よりも低いことで真剣に悩んでいる者もいるのだから、このくらいで嘆いていては、贅沢な悩みだとおしかりを受けよう。しかし幸か不幸か、正人の交友範囲内(女性を除く)には、彼より身長の低い者は皆無だった。すべての相手に対し、視線を上げて会話を成立させなければならない。それがささやかではあるが、そこそこのプライドがある彼には痛いほどの屈辱らしい。ここのあたりが、年頃の少年ならではの難しい微妙な心理といえようか。事実、マイケルの身長は一七〇センチを優に超えていた。
「でえ? 遠い日本のおれにわざわざ依頼したい仕事って何でしょね? リヨン本部通しての依頼だもんねェ。まさかそんな態度示しといて、すんなり聞き入れてもらえるとか思ってないだろーけど?」 
 すっかり気分を害された体で、腰に両手を当てふんぞり返りながらも、とりあえずは仕事の話を切り出した。
 ところがマイケルの方は、正人が本気になって怒ったことが余計におかしかったらしく、顔を赤くして必死に笑いを押し殺しながら、溢れる涙を拭っている。
「あァ、仕事ね。ウン、そうだ。その話を詳しくしとかないとね」
 むっつりと黙りこくる旧友の機嫌をうかがいつつ、マイケルは背にしていた管制タワーの中へ招き入れた。五階建てビルの一階にしつらえられた談話室には、いくつかの円卓と椅子が無造作に置かれてある。窓際の席を選んで正人を腰掛けさせると、紙コップにコーヒーを注いで運んできた。もちろんそんなことくらいでは、正人のこわばった表情が元に戻るわけもないのだが。
「事前に送ったメール、読んでくれたと思うけど──」
「しっかり読んだよ。でもどうして、わざわざおれを呼びつけたのかがわかんないな。アメリカ一の大金持ちのパーティに出てくれっていう話とおれが、いったいどう結びつくの?」
「実は最近、上流社会にありがちな、暗黒街とのつながりを嗅ぎつけたんだ! 怪しいのが、郭公司っていう中国系の会社なんだけど、ここってどうやら、あの超有名な世界一のお金持ち、レックフュート財閥の傘下企業の下請けらしいんだよな」
「傘下の下請け? 何それ。ほとんど関係ないじゃんよ」
「下っ端の下っ端ってとこだが、無関係ってわけじゃない。五年くらい前に出来たばかりの会社のくせに金回りが妙に良くって、今じゃチャイナタウンのボス的存在にまでのし上がっている。このところニューヨーク・チャイナタウンも物騒になっててねー……あ、現場、ニューヨークだから、ご参考までに。そういうわけで調べ始めてみたら、レックフュート系の影がちらほらでね。とはいえ詳しいことを調査しようにも、新しい会社なもんで表面的なことしか出てこない。叩きまくってホコリを出させるためにも、FBIとしてはここに関する情報を少しでも集めたいんだ。ウチとしてもCIA(アメリカ中央情報局)の連中ばっかにゃ任せてらんないからね。んで、そのためには是非とも正人に協力を仰ぎたいって事情なんだ」
「あのね」
 暗黒街と富豪のつながりが怪しいなどと、そんなお約束じみた当然のことを、いかにも最近の大ニュースとばかりに語るマイケルに、正人は素直に長いため息を洩らした。こいつは何年そのテの仕事に携わっているというのか、と怒鳴ってやりたくなる。
「知ってるだろ? おれって常時待機してなきゃなんない身なんだよね。何せ、日本にタダヒトリの有名人だしさ。あいにくそんな雲を掴むような話にゃ、いちいち乗ってやってらんないよ。悪いけど、帰らせてもら……」
「わあ──っ、待ってくれ! これは断じて雲を掴むような話じゃない。レックフュートと郭公司のつながりは明確だってことくらい、FBIにだってわかってるんだ。ただその橋渡しをしているキー・パースンが見えてこないから、近々催されるパーティへ出席して探ってきてほしいんだよ。多分、郭公司の総裁も招かれてるだろうし。この情報は絶対、確実。だけど、こんな超上流階級の催しには、ぼくらのコネクションじゃ遠く及ばないからね」
「……重ね重ね悪いんだけどさー、いくらウチの母さんが資産家のお嬢だからって、こっちの国の上流社会にまで潜り込んでまで捜査できるようなツテはないぜ。おまえの考えは安直だな」
 ぞんざいに応えてやりながら釈然としない顔をして、正人は受け取った紙コップに口をつけた。やたらと酸味ばかりが強いコーヒーで、顔をしかめると一口飲んだだけで紙コップをテーブルの隅へ追いやってしまう。
「違ーう。これは捜査じゃなくて、調査だ。それも特別なコネクションがなけりゃできない仕事なの。だから正人に──」
「マイケル、おまえ少しは人の話を聞けよ! さっきから言ってんだろ。おれコネなんて何もないってば」
 ふてくされた駄々っ子じみた正人の目の前で、マイケルはにやりと笑い、指を一本立てて左右に振ってみせた。
「ぼくだってそこまでおバカーじゃないよ。持ってなきゃ依頼しないって。忘れたのか? おまえは我が国のプリンセスに、スーパー強力なコネを持ってるってことを!」
「はあ? プリンセス……ってェ、サテ? まさかリサのこと?」
 思考をめぐらせる正人の脳裏に、誘拐事件をきっかけに知り合った、リサ・ハミルトンの顔が浮かび上がった。アメリカ大統領ビル・ハミルトン氏の末娘であり、アイドルタレントとしても国内外を問わず高い人気を誇っている、ひとつ年下の少女だ。
「Exactrly!」
 両手に拳を握りしめて、顔を明るくさせたマイケルがはしゃぐふりをしてみせる。
 喜々とする同僚を前に、愕然とした正人は椅子から転げ落ちそうになった。
「待て待て、待てよ! そいつァ、頼む相手を間違えてるぜ。リサに頼み事をするなら、おれじゃなくて三郎の方が絶対いいって。知ってるだろ? 彼女どういうわけか、ヤツのことがお気に入りじゃないか。おれからどうこう頼むより、その方がずっと堅実的だと思う」
「んー、頼んだんだけどね……ホラ、今彼は留学中だろ? そんなわけで一応連絡はしてみたんだけど忙しいからって、けんもほろろに断わられちゃって。もう、相変わらず真面目なんだからなァ。ああいう堅いとこ大好き」
「何だよ、それはっ。それじゃ、まるでおれが暇を持て余してるみたいじゃないかよ」
 図星を指摘され、ギョッとしたように碧い瞳が大きく見開かれた。
「えっ? い、いやあーアハハ。つまり何とゆーか、こういう仕事は三郎よりも行動力・実行力に飛び抜けた正人の方が適任だと、どっかで聞いたような気がしてたもんで。えー……違った?」
「ったくよー、FBIは深刻な人手不足なんじゃないの? こんないい加減なヤツをいつまでも雇用してるなんて!」
 おまえなんか給料ドロボーだと奮然と言い放ち、正人は勢いよく席を立ったが、断わるわけにもいかなかった。これはFBIがICPOリヨン本部を通して正式に要請した、特別捜査官・金田正人への依頼なのだ。態度とは裏腹に、マイケルに促されるままリサへのアポイントを承諾せざるを得ない、不本意な正人であった。

《以下、本編へ続く》


【TZ1# biginning】

●Novegle対応ページ ◎作者:RINKO◎カテゴリ:SF◎長さ:中短編◎あらすじ:TZ1冒頭。地上最大最強の人型機動機械「TZ」を巡るSF長編。
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